ビッグシルエットの時代に“縦”を引く-ジル サンダー 2026AW

AFFECTUS No.701
コレクションを読む #30

ルーク・メイヤー(Luke Meier)とルーシー・メイヤー(Lucie Meier)が退任し、「ジル サンダー(Jil Sander)」の新クリエイティブ・ディレクターに指名されたのはシモーネ・ベロッティ(Simone Bellotti)だった。先シーズンのデビューで示されたのは、「回帰」という明確な意思だった。確かにルークとルーシーのジル サンダーは素晴らしかった。フォルムは身体を束縛しない。素材は艶やかで上品。装飾性も軽やかに入れる。「服」として申し分ないものだった。

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しかし、一方でジル サンダーのアイデンティティから離れすぎたようにも感じた。ドイツ人創業者が打ちたてた、最高峰の素材をカッティングの妙で魅せていく美学は後退したように思えた。二人のディレクションはブランドをミニマリズムにとどまらない存在に発展させたが、逆に言えばミニマリズムが失われたとも言える。

やはりジル サンダーはミニマリズムがあってこそ、なのではないか?

そう感じたとしても、不思議ではない。

ベロッティはメイヤー夫妻の築いた拡張の文脈から距離を取り、ミニマリズムへと舵を切った。

デビューシーズンの2026SSコレクションでは、ピュアなシルエットと装飾性を削ぎ落としたルックがランウェイを歩いた。それは今回の2026AWコレクションでも同様だった。

ネイビー、ブラック、濃淡を分けたグレー。柄は極限まで抑えられている。アニマル柄のスカートが一点あったのみだ。プリントの代わりに杢調のファブリックが表情を添える。特筆すべきはジャケットやコートにおけるVゾーンの狭さ。

第一ボタンが浅い位置に設定され、縦のラインが強調される。数多く発表されたのは3つボタンジャケット。肩幅はコンパクト、ウエストはなだらかにシェイプ。着丈はヒップを隠すロング丈。リーンな形を、浅いVゾーンと縦に3つボタンが並ぶフロントがさらに強調する。

カッティングに特徴が見られたのはウィメンズのスカートだった。サイドに大胆なスリットが入り、大腿部が露わになる。ただし、通常のスリットとは形状が異なっていた。ヒップラインあたりという、かなり高い位置からスリットが入り、膝下丈スカートの裾部分でスリットは閉じられる。細長い隙間が空いているような印象だ。スカートの側面でも、ベロッティは「縦」を強調した。

ウィメンズのカッティングの特徴はまだある。スカートのウエスト部分は本のページがめくれたように、左右非対称で折り返っていた。折り返しのフォルムは、オフショルダードレスでも使われていた。

スタイリングはスーツ、ドレス、コートが前面に押し出され、トップスがシャツやニットのみという軽い着こなしは数点のみ。もちろんジーンズは登場しない。コレクションを格調高くすることに、最新の注意が払われていた。そんな印象だ。

1990年代は二人のデザイナー、ヘルムート・ラング(Helmut Lang)とともにジル・サンダーがミニマリズムで世界を牽引した。

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ベロッティのジル サンダーは90年代のジル サンダーを取り戻したかのようだ。ただし、創業デザイナーのシルエットよりも鋭く仕上げている。

進化、更新、拡張。それらが価値とされる現代にあって、ベロッティは逆方向を選んだ。「あのころのジル サンダー」を感じるのは事実だ。しかしそこに懐古はない。「縦」の強調が、ノスタルジーを断ち切っている。

縦のカッティングは、ビッグシルエットという横方向のボリュームが支配してきた時代感覚も切る。

今回のジル サンダーは90年代の再現ではない。原点の輪郭を抽出し、当時とは異なる方向へ研ぎ直す試みだ。ミニマルという様式をなぞるのではなく、ミニマリズムを再び“緊張”として機能させること。私たちはその転換点を目撃している。

〈了〉

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