AFFECTUS No.644
コレクションを読む #7
「サカイ(Sacai)」といえば、服と服をドッキングさせたり、レイヤードで複数のパーツを組み立てたりする、複雑なパターンワークが代名詞だ。その構造は立体的で、時に予想外のシルエットを生む。それがサカイの魅力であり、ブランドの個性だった。
しかし近年、その構造は目に見えてシンプル化している。レイヤードとドッキングは抑えられ、服そのものの形に集中するようになった。変化は少しずつ進行し、その過程でブランドは新しい魅力を獲得してきた。そして迎えた2026SSシーズン、サカイのシンプル化はさらに一段深まる。
▶︎ ルーク・メイヤーとオーバーサイズと常識
ルーク・メイヤーとOAMCは、常識とベルト穴をゆるめる。
6月に発表されたメンズコレクションと、ウィメンズのリゾートコレクション。そこで際立っていたのは、シルエットこそがサカイの新しい武器になっているという事実だった。
もちろん、以前からサカイのシルエットは魅力的だった。しかし過去のそれは、複雑なパターンを基にした「厚み」のある立体感だった。ただし、いわゆるビッグシルエット的な「量感」とは違う。複雑なパターンを積層させることで、厚みのある形を生み出してきたのがサカイだった。
一方、最新コレクションは量感に近い見た目を持ちながらも、本質はむしろ「輪郭」にある。ウィメンズのジャケットやコートは袖が大きく湾曲し、左右の腕をダイナミックに描き出す。パンツも腰から膝にかけて外側に膨らみ、膝下から裾に向かって絞られていくカーブを描く。カーブの流れが輪郭そのものをデザインし、服全体に独特の緊張感を与えていた。
メンズはやや異なる。袖は比較的ベーシックに保たれ、パンツのカーブシルエットが際立つ。シンプルなトップスと曲線的なボトムスが生むバランスは、ウィメンズとは別の「輪郭の強調」になっていた。
ウィメンズとメンズの構成に違いはあるが、共通しているのは、レイヤードやドッキングを大胆に削ぎ落としたことだ。代わりに立ち上がるのは、パターンの重層性に頼らない、カッティングだけで勝負する輪郭の個性である。
今回のサカイは、一見すればボリューミーでビッグシルエットのようだ。しかし布の量を増やすことが目的ではない。曲線をテーマに迫力ある形を描こうとした結果、量感が副産物として現れている。ボリュームは目的ではなく、シルエットを目的とした結果、生まれたものに感じられた。
「服をシンプルにつくる」
この言葉から、多くの人はミニマルな服を連想するだろう。しかしサカイは、“シンプル”という語に付随するイメージそのものを書き換えていく。
▶︎ 難解さが加速するキコ・コスタディノフ
シンプル化の対極で、複雑さを更新し続ける。
ミニマルな服が市場の主流になりつつある今、サカイもまたその「必修科目」に挑んでいる。ただし単にスリムなラインやすっきりした見た目をなぞるわけではない。これまでの重層的なパターンワークが持っていたダイナミズムを抽出し、それをシンプルなシルエットにスライドさせた。
そこから生まれたのは、簡潔な輪郭が持つ、大胆なシルエットだ。サカイは時代の定石をなぞるのではなく、自らの武器を使って新しい解答を導き出した。
新しいサカイが始まった。そう断言するのは少し大げさかもしれない。だが、そう言いたくなるだけの説得力と魅力が、今回のコレクションにはあった。
時代に乗り、時代をねじ伏せる。サカイの強さはパターンだけに宿っているわけではない。創作の発想そのものが力を持っている。それがサカイというブランドだ。
〈了〉
▶︎ 世界への反抗を示した一人の天才 – Raf Simons 2016AW トラディショナルニット
トレンドを用いて、トレンドを否定する。知性で仕掛けたカウンター。