FEMININE STUDY #3 ニューヨークで翻訳された「カワイイ」 サンディー・リアング

AFFECTUS No.658
デザイナーを読む | FEMININE STUDY #3
サンディー・リアング

「カワイイ」は、ひとつの土地から始まった言葉だった。けれど今、その響きは遠く離れた街で別の表情を見せている。ニューヨークでサンディー・リアング(Sandy Liang)が描くのは、輸入されたガーリーではない。クラシックやストリートを通過して翻訳された、この都市にしか存在しないフェミニンである。

▶︎FEMININE STUDY #2 ポーリーン・デュジャンクールは、闇ではなく影を主張
影を引き受けることで際立つ、ポーリーン・デュジャンクールの甘い服。

その服を見つめると、甘さだけでは語れないことに気づく。ピンクやフリル、ミニスカートといった記号は確かにそこにある。けれど、それは伝統的なガーリーの延長ではない。リアングのフェミニンは、既存の形式を抱え込んだまま、ニューヨークの空気に沿うように調律されている。

コレクションには、カーディガンやドレスシャツ、膝丈のスカートといったクラシックなアイテムも並ぶ。だが、そのままの形ではない。丈は短く、色は柔らかく、素材は甘く軽やかに調整され、仕立て直される。ピンクと白の細いストライプのシャツにはピンクのネクタイを合わせ、ミニレングスのプリーツスカートを穿かせる。シャツの襟はラウンドカラーで、硬さを消すように襟先は丸められている。そこには、既存のクラシックを「カワイイ」へと置き換える仕草がささやかに現れている。

リアングの服は、伝統的なガーリーの延長線上にある服ではない。スポーツやトラッドといった、ガーリーとは境界を隔てた他のジャンルまでも取り込み、リアングの甘さで別の姿に変えてしまう。それはまるで、すべての色を呑み込む黒のようだ。この撹拌性こそが、「サンディー リアング」というブランドを際立たせている。

リアングのフェミニンは、単なる装飾的な可愛らしさにとどまらない。実用的な服や端正な仕立てを抱え込んだまま、軽やかな翻訳を経て新しい意味を獲得していく。その翻訳の積み重ねによって、甘さは均質なものではなく、ニューヨークの空気に馴染んだ特有の色合いを帯びる。淡いグリーンのクルーネックジャケットを着た姿には、モダンの香りがほんのりと匂う。リアングが発表するルックは、日本発の「カワイイ」とは違う姿を見せている。

▶︎パトゥのモダンガール
1960年代を想起させ、甘さの奥に辛さを忍ばせるパトゥ。

ブランドは2014年に立ち上がった。当初はフリースで注目を集めたが、それは今に続く姿勢をよく示している。実用的な素材をフェミニンへと置き換える発想は、他ジャンルのファッションをリアングの世界に染め上げる手法と通じ、誕生したスタイルは多文化が交錯するダウンタウンで暮らす、若い女性たちの生活感覚と自然に重なっていった。デザイナー自身が中国系アメリカ人として育ったこともまた、日本発の「カワイイ」とは距離を保ちながら、新しいかたちを生み出す背景となっているのかもしれない。

フェミニンは、ひとつの形に固定されるものではない。土地や時代を移りながら翻訳され、そのたびに新しい姿をまとってきた。リアングの服に宿るのは、ニューヨークという都市でしか成立しえない「カワイイ」である。伝統的なガーリーから距離を取りつつ、クラシックやストリートを媒介に生まれたその感覚は、フェミニンが文化を横断しながら更新され続けることを示している。

〈了〉

▶︎フェミニンな世界を反転させたミュウミュウ
淡い可愛らしさから暗い感情へ。ミュウミュウが見せた反転の体験。