AFFECTUS No.662
コレクションを読む #12
2023AWシーズンの初コレクションで、ダニエル・リー(Daniel Lee)は「バーバリー(Burberry)」を強いストリートの気配で立ち上げた。だがその後、業績の停滞がブランドを覆い、コレクションは軌道修正を迫られる。クラシックへの回帰。これは単なるノスタルジーではなく、バーバリーを再び「英国の象徴」として立ち上げ直すための戦略的なシフトだった。そして9月22日に発表された2026SSコレクションでは、その回帰がさらに鮮明になった。
▶︎苦境が伝えられる現在のバーバリーについて
デザイン刷新と経営不振。両方の現実を抱えながら歩む、バーバリーのここ数年を振り返った昨年発表のコラム。
舞台はロンドン・ケンジントンガーデン内のパークス・フィールド。ここはクリストファー・ベイリー(Christopher Bailey)が2010年代にショーを重ね、バーバリーを国際的な頂点へと押し上げた場所だ。2016年1月、ベイリー期の最後のショー以来、約10年ぶりの帰還。しかも当時と同じギャバジン製のテントを使用していたとも囁かれる。単なる会場選びではない。ブランドの記憶を呼び戻し、黄金期と現在を接続する「場の力学」そのものが演出に組み込まれていた。
ルックに目を移すと、そこに現れていたのはクラシックというより、むしろレトロな反響だった。シルエットはスリム、色調はブラウンやニュートラルを基調に、メンズには細いネクタイ、ウィメンズにはミニドレス。チェックのトレンチ、クロシェのドレス、ペイズリー模様をニードルパンチしたスエードのコートなど、柄や加工を駆使して無地の静けさよりも「表情のある布地」が主役に据えられていた。ロングマフラーで縦を強調し、ややソールを厚く積んだスタックドソールのブーツで全体をロッカーズ風にまとめる。ビッグシルエット全盛のここ数年を、一気に反転させるような細身の造形が今回のコレクションの核をなしていた。
▶︎バーバリー、クラシック回帰が本格化
英国ブランドの根幹に立ち返りながら、新しい顧客像を模索した2025AWコレクションを考察。
その姿は、1960年代の空気を思わせる。大ぶりのサングラスに、クロシェの透け感、チェックのメッシュドレス。懐かしさが漂うのに、古臭くはない。成熟の落ち着きではなく、若さの昂揚を纏ったスタイルだ。そこには「音楽」という媒介が働いている。リーは自身の記憶を遡り、父の影響で聴いたヘヴィメタルから、そしてモッズやフェス文化、ビートルズに代表される60年代ロックから着想を得ている。ファッションと音楽の関係性。その再確認が今回のコレクションの核心だった。
ショート丈のトレンチをデニム風に仕上げることで、ギャバジンの清廉さをカウンターカルチャーへと反転させる。Aラインのトレンチに鮮やかなチェックを配し、マリー・クワント(Mary Quant)のスウィンギング・ロンドンをトレンチに移植したかのような一着も登場した。サテンのボンバージャケットには昇る太陽が押し込まれ、終盤にはタロットカードのプリントが姿を見せる。音楽カルチャーを参照点にしながらも、単なる引用で終わらせず、占いといった神秘的要素までを織り込んでいる点に、リーの意識の広がりが見える。
この回帰は、若い世代をも引き込む。純粋なクラシックは安心感を与えるが、時に落ち着きすぎてしまう。いまバーバリーに必要なのは、古さの引用を通じて生まれる若さ。矛盾するようでいて、そこにこそ新しさが宿る。リーは1960年から70年代の音楽を媒介に、「古くて若いファッション」という逆説を立ち上げた。ストリートの即物的な若さではなく、文化の記憶を呼び戻すことで生まれる若さ。今回のコレクションは、その難題に対する明確な応答となっていた。
リーは進化を見せた。あとはビジネスがその歩みに追いつけるかどうかだ。ファッションの記憶を呼び戻すことと、消費の現実を動かすことは別の課題である。だが、今回のショーにはその隔たりを埋める可能性が確かに示されていた。
〈了〉
▶︎決算に見るバーバリーの原点回帰戦略
「タイムレス」を掲げる新戦略と投資家の期待。その光と影を考察したコラム。