AFFECTUS No.671
コレクションを読む #19
燻んだピンク、ほんのりと光沢のあるイエロー、沈んだパープル。2026SSコレクションに使われた色だけを見れば、コンサバティブで程よくフェミニンなカーディガンやロングスカートが浮かぶだろう。だが、その色を纏う女性モデルは、不思議な形のジャケットを着ていた。
▶︎言葉を発しないメディアとも言える、現在のコム デ ギャルソン
形が沈黙を選んだとき、ファッションは言葉を超える。
→ AFFECTUS No.520(2024. 5. 5公開)
アズディン・アライア(Azzedine Alaïa)のアシスタントを務めていたヴェロニク・ルロワ(Véronique Leroy)は、アライアの構築的な美学を継承しながらも、異なる方向へと踏み出している。彼女の服に宿るのは、アライア的なボディコンシャスさではなく、むしろその逆のアプローチだ。
四角い立方体が襟や袖の形をつくり、その中に人の体を沈めていくような感覚。実際の服はそこまで幾何学的ではない。それでも、服の形に現れた角度の強さ、直線の厳しさが、ルロワの服を特徴づけている。
ウィメンズウェアの歴史は、曲線的な身体をどう美しく見せるかという試みの繰り返しだった。
▶︎クリストバル・バレンシアガのウェディングドレス
身体を隠して、形が立ち上がる。その静かな造形に、人は美の意味を問う。
→ AFFECTUS No.86(2018. 8. 29公開)
体の線をなぞり、あるいはボディラインを強調するシルエットを磨き上げてきた。クリストバル・バレンシアガ(Cristóbal Balenciaga)はその構図を壊し、体から離れたフォルムを生み出したが、そこには漂うような柔らかさがあった。
対して、ルロワの服は硬い。
シャギー素材のロングコートはワイドショルダーで、肩から袖への繋がりが鋭角に落ちていく。前端から裾までのラインも直角的で、ノーカラー仕立てがその硬質さをいっそう際立たせる。襟元には同素材のボウタイ。だが結ばれたボウでさえ、どこか構築物の一部のように見える。
一方で、フレアやウェストシェイプ、ドレープといった女性服特有の要素も多く使われている。全体の比率でいえば、フェミニンな服の方が多いほどだ。だからこそ際立つ、直方体的フォルムの異物感。
2026SSでは特にボトムの造形が印象的だ。
19世紀の女性解放運動に端を発するブルマが、複数のルックでスタイリングされている。布をくしゃりと寄せたトップスを合わせた造形的ルックもあれば、シャネルジャケットを思わせるノーカラーでフェミニンにまとめたスタイルもある。
ウィメンズウェアの歴史に挑む大胆さと、伝統に倣う忠実さ。その揺れ幅が、コレクションに不可思議な引っかかりを生んでいる。
ヴェロニク・ルロワは、色とテクニックでウィメンズの伝統を守りながら、造形によってその伝統を裏切る。角を持つ立体の中に、曲線の身体を閉じ込める。その造形実験の中で、彼女は「女性服」という概念そのものの輪郭を描き直している。
体を否定した時、新しい体が見える。
〈了〉
▶︎ジル・サンダーとヨーガン レール
造形を超えたところに、美はある。静けさが、新しさになる瞬間。
→ AFFECTUS No.184(2020. 1. 14公開)