ウェアラバウツを語る

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AFFECTUS No.260

常に今が注目されるファッション。時代の新しさを追い求めるファッションにおいて、たとえ過去に人々を魅了したとしても、現在は存在しないブランドについて語ることに意味があるのだろうか。この問いに対して、僕は「意味がある」と答える。魅惑的なファッションは、時間を超えて語り続けていかれるべきものだ。一瞬の輝きとして、歴史の片隅に捨ててはならない。

僕は誰も語らなくなったとしても、自分の記憶に残るファッションは記録していく。AFFECTUSはそのためにある。

2004AWシーズンにデビューした「ウェアラバウツ(Whereabouts)」は、僕にとって忘れ難いブランドの一つだ。いや、正確に言うならブランドというよりもデビューコレクションと言うべきだろう。今、ウェアラバウツを知る人は少ないかもしれない。まずはこのブランドの背景について語っていこう。

2002年、アントワープシックスやマルタン・マルジェラ(Martin Margiela)を輩出したアントワープ王立芸術アカデミーを3人の日本人が卒業した。このベルギーの世界的名門校を卒業した日本人はこの年が初めてであり、その一人が後にウェアラバウツのデザイナーとなる福薗英貴だった。彼がアカデミー4年時に制作した卒業コレクションも忘れたがたいファッションの一つだ。「Relax」がテーマとなった卒業コレクションは、真っ白な雲を衣服に仕立てたような軽やかで柔らかく優しいドレスが制作され、それらのドレスを着用する女性モデルたちの姿は儚げな美しさを備え、デザインの鮮烈さで個性を訴えかけてくるアントワープの学生たちの中で異彩を放つコレクションが披露された。

福薗はアカデミー卒業後、ヨーロッパのブランドからオファーがあったにもかかわらず、それを断って日本へ帰国し、自身のブランド設立へと踏み出す。そうして2004AWシーズンに誕生したのがウェアラバウツだった。アカデミーではウィメンズを制作していた福薗だが、メンズブランドをやりたかったことが帰国の理由の一つだった彼は、メンズブランドとしてウェアラバウツをスタートさせる。

デビューコレクションは神宮外苑にある旧国立競技場内にあった通路をランウェイとし、ショー形式にして発表された。僕はこのデビューコレクションを忘れることができない。当時の服を購入したわけではないし、ショーは雑誌を通して写真で見ただけにもかかわらず、発表から15年以上の時を経ても「カッコよさ」が思い出させるコレクションだ。

ウェアラバウツのデビューコレクションは歴史的写真家アウグスト・ザンダー (August Sander )の写真集がテーマとなり、グレーやブラックなど暗く渋い色味が展開され、都会的や最先端といった表現とは距離のある野暮ったさを覚えるメンズウェアであり、かといってカントリーな野暮ったさというわけでもなく、都会の中で育まれた上質な泥臭さという矛盾が衣服として仕立てられたファッションと言えよう。

コレクションで目を惹いたのが、ジャケット&パンツというメンズウェア王道のスタイルだった。とりわけ印象的だったのはピークドラペルのジャケットだ。「ピークド」とは「尖った」という意味を持ち、ジャケットのラペルが剣先のように鋭く尖った形状が特徴のジャケットである。ウェアラバウツのピークドラペルジャケットは、ラペルの剣先が通常よりも鋭いイメージを増幅させていた。通常、正面からピークドラペルジャケットを見た時、上衿とラペルを接ぎ合わせるゴージラインの位置にもよるが、ピークドラペルの剣先がジャケットの肩線を超えて飛び出る形状であることはない。

しかし、ウェラバウツのピークドラペルジャケットは違う。ゴージラインがかなり高く設定され、正面からジャケットを見た時にピークドラペルの剣先が肩線を飛び出すほどに鋭く尖って見える。こう書くと、かなり歪な形状のジャケットを思い浮かべてしまうだろうが、ゴージラインがかなり高く設定されているがゆえにそう見える錯覚起こしているだけであり、ラペルの形そのものはピークドラベルの基準的な形状に沿うもので、またジャケット全体のフォルムもシンプルであるためにベーシックの範疇を飛び越えるデザインではない。常識の範囲外に感じさせるディテールがあるにもかかわらず、歪さを訴えないベーシックウェア。そんな印象を覚えるピークドラペルジャケットだった。

王道を踏襲するメンズウェアはコンパクトに表現されたモードなアクセントが入り、リアリティを保持したまま日常へと溶け込むワードローブへと仕立てられている。この美意識はウェアラバウツのデビューコレクションの至る所に見られ、タンスの奥に眠っていた祖父のワードローブをモードファッションを愛する孫が現代モードの感性で、サイジングとディテールを作り変えて着用する。例えるなら、そんな渋みとクールネスが混在する稀有な視点で作られたメンズウェである。泥臭さと上質さを共に匂わせ、服を美しく着こなす男たち。ウェアラバウツが描く男性像に僕は今でもエレガンスを感じる。

かつてこういうメンズウェアがあったのだ。

ブランド名のウェアラバウツとは英語で「居場所」を意味する。きっと僕はこれからも、何年時間が経とうが、今は無きその居場所へ思いを馳せる。そこで高鳴った心の高揚感を忘れることはできない。

〈了〉

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