AFFECTUS No.679
コレクションを読む #22
「新しいファッション」と聞いたとき、どんな服を思い浮かべるだろうか。斬新なシルエット、大胆な色彩、異端な素材、今までに見たことのない服。大きなエネルギーを伴った装いを想像する人が多いはずだ。ミウッチャ・プラダ(Miuccia Prada)は、いつも逆の方向へ向かう。誰もが知っている服で、新しい服を作る。いや、新しい視点を作ると言った方が正しい。
▶︎言葉を発しないメディアとなったコム デ ギャルソン
前衛がどこに生まれるのか。その基準をここで知る。
→ AFFECTUS No.520(2024. 5. 5公開)
「この角度から見れば、新しさが見えてくる。なぜ見ようとしない?」
ミウッチャの服を見ていると、そう諭されているような気持ちになる。現在、彼女の創造性が最も鮮やかに発揮されているのが「ミュウミュウ(Miu Miu)」だ。2026SSコレクションは、そのテクニカルな手法が最もわかりやすいかたちで現れたシーズンだった。
今回の主役となったのはエプロン。簡易的な前掛けが、パリのランウェイに堂々と登場した。エプロンは主に、首から掛けて腰で巻くタイプと、腰にだけ巻くタイプの2型がある。そのなかでミウッチャが選んだのは、よりエプロンのイメージが強い、首から掛けるもの。レザー製の職人肌の一着はミニマルな趣で存在感を放ち、タンポポを思わせる黄色い花モチーフを並べたクロシェ風の一着は、クラフトの温度を保ちながらも、どこか人工的な反復が漂っていた。
しかし、私が最も目を奪われたのは、学校の家庭科の授業で作るような、無地の布で仕立てたエプロンだった。ウエスト位置がわずかに高いため、やや上品に見えてお洒落ではある。それでも形は極めてベーシック。直接的に言えば「普通」だ。
最新ウェアが発表されるパリのショーで、その「普通のエプロン」を出す。そこにミウッチャは、さらにズレを加える。表衿とラペル裏、袖口をレザーに切り替えた無骨なワークジャケット。太いストレートシルエットのパンツ。つま先が黒く燻んだ革靴。そのスタイルの上から、ネイビーのシンプルなエプロンを掛けている。黒いレザージャケットの上から、同じエプロンを掛けて歩くモデルもいた。
本来なら組み合わせるはずのない服と服を、ミウッチャは躊躇なく一つにする。この手法は10年以上前から散見されてきた。
▶︎ミュウミュウが披露する異端のトラッドガール
スタンダードは、置き場所ひとつで異物になる。
→ AFFECTUS No.319(2022. 3. 30公開)
「調和」は人々が美しいと思うファッションを作る上で重要な要素だ。
だが、ミウッチャは「調和」に重きを置かない。整えるべきところを、整えない。大胆に造形するのではなく、スタイルの文脈とは遠く離れた服を唐突に配置し、文脈そのものをずらす。現実的な服だけで、前衛的なスタイルを作り出す。それがミウッチャ・プラダというデザイナーの核心にある。
新しさを作ろうとすると、つい現在ある要素を大きく作り変えようとしてしまう。だが既存の要素でも、その本来の文脈とは異なる場所へ置き直せば、「普通の服」は「新しい服」という価値を持つ。ミウッチャの手つきは、現代アートの始祖とも言えるマルセル・デュシャン(Marcel Duchamp)を思い出させる。
アイデアそのものは驚くほどシンプルだが、完成したスタイルはその単純さとは裏腹に深い。ミウッチャ・プラダという人物を推し量ることは難しい。誰も価値を見出していないものに、静かに価値を見つけてしまう天才だからだ。
〈了〉
▶︎ラフ・シモンズとロバート・メイプルソープが紡ぐ世界
イメージを反転させると、世界は別のかたちになる。
→ AFFECTUS No.144(2019. 5. 21公開)